お彼岸に思う 【血】

一昨日の日曜日

母親がおはぎを送ってくれたのでそれを持って母親の実家の仏壇にお供えして

お墓参りにも行ってきた

 

そして昨日、【血】について改めて考えるキッカケを頂いた

 

自分には両親がいて

その両親にも両親がいて

自分から見たら祖父母

その祖父母にもそれぞれ両親が・・・・・

とどんどん遡る

 

何をもってして直系と言うのか定義はわからないけど

自分→両親→祖父母→・・・・・

と繋がってくのが直系とするならば

その直系ではないけど、間接的に繋がる御先祖様方も当然いらっしゃるわけで

 

両親の兄弟姉妹

祖父母の兄弟姉妹

 

現代では、例えば父親の弟が居なかったら自分は生まれてなかった

なんて事はまず無いと思う

いわゆる、自分なりの解釈で間接的な御先祖様がいらっしゃらなくても自分は多分存在しただろうと

 

 

ただ、ずっとずっと遡っていくと

食べる事に必死だった時代

生きる事に必死だった時代

が間違いなくあった

 

食べる為に売られたり

理不尽でしかない時代に理不尽に殺されたり

 

そんな時代に、遡ってった父親の弟が居なかったら代わりに殺されてたのは父親かもしれない

そんな奇跡みたいな事が何回でも繰り返されたと思う

 

そんな時代を生き抜き、必死に命のバトンを繋いでくれた

その長い長いリレーのお陰で今自分が居る

 

残念ながら現代でも人身売買は存在する

理不尽に殺されてしまう事もある

金儲けの為の戦争で犠牲になる命もある

 

それでも悲惨だった、理不尽すぎた

食べる事に必死、生きる事に必死だった時代を考えたら間違いなく現代は恵まれている

住むところがある人は多い

食べる事に困らない人は多い

学ぶ事も出来る

世界を見渡せば、

路上生活を余儀なくされる

盗んで食べるしかない

勉強もまともに出来ない

そんな環境もある

 

でも少なくとも自分は

暖かく住める家があり

安心して寝れる暖かい布団があり

温かいご飯が食べれ

温かいお風呂に入る事も出来る

勉強する事も出来、笑って遊ぶ事も出来る

 

それもこれも、必死に繋いでくれた命のリレー

必死に作ってきてくれた環境

 

御先祖様方の犠牲と我慢と頑張りの連続の結果が今である

 

爺ちゃんが好きだった饅頭をお供えする

婆ちゃんが好きだったメロンをお供えする

線香たてて、お経を読む

それも大事だし良い事だと思う

 

それにプラスして

ふとした時に繋いでくれたバトンに感謝し、感謝を伝える

お墓に行かずとも、仏壇の前に座って手を合わせなくても

運転中の信号待ちの時

お風呂に入ってる時

ふと思った時に伝える

 

そして、自分が(各人が)最高に幸せで、光り輝いて

笑って過ごす事が出来て

妻が、旦那が、子供が、両親が、家族が

幸せで楽しく笑っている事が

人に優しく、動物に優しく、植物にも優しく出来る事が

最高の供養で

最幸の供養で

最強の供養なんじゃないかって

 

子供が生まれれば多分全御先祖様方が喜んでると思う

保育園・幼稚園の入園に卒園

小学校の入学に卒業

中学校、高校、成人、大学、就職

そして次の命の誕生と

 

誕生から成長の過程を必ず全ての御先祖様方は喜び、祝福してくれている

神仏も喜び、祝福してくれてるけどね

 

今はまだお金に苦しんでる世界や環境もある

でも近い将来必ずそれは解消され

苦しまない世界が来る

そう思えない人も居ると思うけど

自分は来ると信じてる

 

必死に繋いでくれた御先祖様方の命が実を結ぶ時が必ず来る

 

今の自分がそうであるように

今の自分は最高に幸せで、笑って日々を過ごす事が出来ているから

お陰様でね

 

その脈々と流れる血に誇りと感謝をもって

血のありがたみ、偉大さ、重さに気付いて

 

 

 

※血の繋がってない親子は親子じゃないとか?

と言ってくる人もいるかもしれない

戦で、戦争で、病気で死に別れた後の再婚による親子

現代における離婚からの再婚による親子

時代を遡れば無数にいると思う

【血】を主に書いてはいるが

血は繋がっていなくても立派な親子だ

祖父母と孫だ

立派な大事な御先祖様だ

兄弟姉妹を間接的な御先祖様方と表現したが

それと同等の大事な繋がりである

って事を話の主旨と共に理解してもらえればと